譲れない思い誰も邪魔できない

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永瀬担を卒業しました。

めちゃめちゃ遅くなったけど、8月19日に永瀬担を卒業しました。担降りではない。担降りは3年前に済ませた。

 

あんまり知られてないと思うけど、3年前まで永瀬担でした。意外でしょ。担降り先真鳥くんだもん。そりゃ意外だよね。でも仲良い真鳥担の元担永瀬なんだよね。思いの外多いのかもしれない。

 

今日は7年前の話からしたいと思う。誰にも需要が無いかもしれない。でも書く。自分のけじめのために。ジャニヲタの性かな。

 

2011年4月、全力で濵田担だった私の前に、永瀬くんが現れました。山下智久くんのソロコンサートのとき。今でこそ少なくなったけど、ジャニーズJr公開オーディションです。当時は皆さんお知りの通りほら、若干ね、芋ってたから。「あーなんかちっちゃい子達また入ってきたなー」みたいな感じだったんですよ。当時はそこまでちっちゃい子がフューチャーされてくる時代じゃなくて、B.B.V.と呼ばれるお兄さん達がメインで、その後ろに7WEST、shadowWESTなんかがいました。なっつかしい。自分で打ってびっくりしてるわ。

 

じゃあ私がいつ永瀬くんを気にしだしたかというと、2012年、なにわ皇子の結成です。

「ながせれん」の「な」、「にしはただいご」の「に」「は(わ)」、「おおにしりゅうせい」の「おお(おう)」。彼らの名前を取って「なにわ皇子」。

可愛い可愛い3人組の結成でした。何回かメンバー編成して、結果この3人になった気がする。うっすい記憶だけど。

私このときに衝撃受けるんですよね、えっ、本当にお前が永瀬廉か???って。

あのお芋さんだった永瀬廉くん、今こんなにかっこいいの……?なんか色々ごめん……って思った。本気で。そこからいろんな人に「永瀬廉くん顔超かっこよくない?」って言いまくってた。

 

「永瀬担」宣言をしたのがいつだったかは覚えていません。でも気づいたときには永瀬担を名乗っていました。最初はただの顔ファン。でも徐々に、いろんなことが分かってきました。

綺麗な声。ちょっとクネクネしたダンス。山田くんが好きだったのに、山下くんも好きになりだしちゃったとこ。素直になれないところ。関西Jrが大好きなところ。不器用なところ。甘い言葉言うくせにすぐ照れるところ。先輩にかわいがられてるところ。甘えるのがちょっと苦手なところ。なにわ皇子が大好きなところ。めっちゃ客席見てるところ。ちょっとどころじゃなく天然なところ。

 

それからいろんな景色を一緒に見たね。松竹座から始まって、全国ツアーも回った。うちわも沢山出た。あけおめコンもやったね。素敵な景色を沢山見せてくれてありがとう。

 

2014年、ジャニーズWESTがデビューすると、永瀬くんは当時Kin Kanだった紫耀と共に東京での仕事が増えた。2人で少年倶楽部に呼ばれることがたくさんあった。そこにいたのは、関西Jrを背負う2人だった。

彼らのホームは関西Jrだった。どんな仕事でも「関西Jr」として来ていた。まいどジャーニーで見せる笑顔は、少年倶楽部では見れないものだった。

 

9月のDREAMBOYSに出演が決定した。それは永瀬くんと紫耀、そして高橋海人だった。私にとって海人は入所当時から好きだった嶺亜のシンメの子でした。永瀬担として嬉しくて複雑なような。そんな仕事でした。

もちろん彼らは完璧に仕事をこなしました。まいジャニさんも特集してくれたしね。海人がいてどんな風になるかなとは思ってたけど、評判はよかったみたいで。

 

3人でMステに出ました。

あれは確か、嵐が15周年でハワイから中継した日です。Sexy zoneがゴタゴタしててSexy familyだなんだ言ってたとき。彼らは「DREAMBOYS」としてSexy zoneの「男 never give up !」のバックに着きました。なんかよくわかんないけどコーラスでマイク持って歌ってたし。意味がわからなさすぎて叫んだことを覚えています。

なにわ皇子にいるときの彼のシンメは西畑くんでした。でも、どれだけ探しても彼のシンメは紫耀だった。間にいるのは海人だった。

 

永瀬担としては喜ぶべきことだったんでしょうね。だって自担がMステに出たんだから。マイク持ったんだから。それまでもJr担してきてたけど、そんな経験ないもん。私の初めてだよ。 

 

結論から言うと喜べなかったんです。なにしてんのって感情が強すぎた。「Mステに出た」「マイク持った」「歌った」「抜かれた」これらのことが、全部「何で?」でしかなかった。私の想いはきっと「関西Jrで、なにわ皇子として輝く永瀬廉」にあったんです。なにわ皇子に、「なにきん」と呼ばれる6人に、夢を抱いていたんです。

 

2015年3月、春の松竹座公演が始まりました。そこには座長として立つ彼の姿がありました。でもそれは、どこか今までの彼と違って見えた。私だけかもしれないけれど。紫耀はいませんでした。薄々ヲタクも「そういうことだよね」とは感じ取っていました。感じたくないけどね。

 

2015年4月1日。永瀬くんに手紙を出しました。はじめてだよ、ファンレターなんて書いたの。関西Jrのメンバーに囲まれて笑う廉くんが好き。そう書いたのを覚えています。

なんでこの日に出したのか。それにも理由がありました。だってこの日出したの彼だけじゃないから。

 

2015年4月2日。彼の仲間が1人退所しました。入所日であったこの日は、退所日にもなりました。

先程「彼だけに出したわけじゃない」と言いましたが、もう1枚の手紙は辞めた彼に出しました。端的に言うと「辞めないで欲しい」と書きました。

 

彼の存在がなかったことになって1ヶ月。5月には、今の「King & Prince」のメンバーでのクリエ公演がありました。この年はMADEも単独ではないけれど初めてのクリエで、私はそっちに震えてました。いやー楽しかったなクリエ。もう1回クリエやろうクリエ。

 

そしてそのまた1ヶ月後の6月5日。

Mr.King VS Mr.Prince」が結成されました。

私はこの日に担降りしました。

 

自分でもこんなにあっさり担降りするものかとびっくりしました。呑気にケータイ開いたら「結成」の文字の横に大好きな彼の名前がありました。その名前を見た瞬間に、「あっ、降りよう」そう思いました。

別に担降りのタイミングを決めてたわけじゃありません。嫌いになったわけでもない。あのときはなんで降りたのかよくわかんなかったけど、今なら何となくわかる気がします。整理がつかなかったんです。

どんどん知らない世界を見せてくれる永瀬くんと反比例するように、見れなくなっていく今までの景色。自然消滅した大好きなグループ。嘘はなかった彼の言葉。

全てがごちゃごちゃになりすぎて当時の幼い私には分かりませんでした。

 

グループ結成の会見の時に彼は「関西Jrとして来てるので、しっかり爪痕を残したい」というコメントを残していました。最後の最後まで私の大好きな関西Jrが大好きな彼でした。あぁーあ。それでも降りたかったんだもんな。整理がつかなかったと同時に、整理をつけたくなかったんだし、そこまでして応援する自信が私にはなかった。要するに逃げですよね。笑ってください。

 

そこから彼は今までとは違う仲間たちと、私が見た事のなかった景色を沢山見ていきます。一緒には見れなくなってしまったけど、どんどん新しいステージに進んでいくあなたは素敵だったよ。

嫌いになったわけじゃないし、整理しないまんまに担降りした罪悪感から、薄目で活動を追い続けてきました。テレビに出るって言われたら全部見たし、コンサートに出るって言われたら一応チェックはした。オリ曲だって全部歌えるし踊れる。それでも、そこに私の大好きな自担はいない。

 

時は流れて2018年1月17日。彼は「King & Prince」でデビューすることが決まりました。「あぁついに来たか」素直にそう思いました。

いつかデビューする子だなとはなにわ皇子を組んで見直したときからずっと思ってたよ。こんな後出しで言われても信用ないと思うけど。「6人でデビューしようね」ってファンレターに書いたんだよ。その6人は違ったんだけどね。

 

そして8月19日。King & Princeファーストコンサート大阪城ホールラストコンサートに行きました。仲良い友達が誘ってくれて、「キンプリ今行かないと5年後絶対後悔するよね」って言って行きました。「ジャニーズJrの真ん中に立つ嶺亜が見たい」とか言って席に着いたけど、結局持ったうちわは永瀬くんだった。このときは深いことは何も考えてなかったな。

 

King & Princeを見るために埋め尽くされた客席を見て少し寂しくなりました。私が見てきた彼は、難波の駅を出てすぐの1000人しか入らない会場で歌う彼だったから。大阪城のふもとのステージで踊るなんてまさにKing & Princeじゃない。

 

コンサート中の6人はすごく輝いていた。キラキラした衣装を着て、自分達のファンだけが集まった空間で、幸せそうに笑う。「デビューする」ってこういうことなんだなって思いました。

MCでは永瀬くんがトークを回していました。あの天然爆弾と呼ばれた永瀬くんが。私の知ってる永瀬くんはそんなことできる人じゃなかったんだよなぁ。だって「目頭」のこと「目の溝」って言ったんだよ。それと同一人物なの?じゃあ私永瀬くんのこと何も知らないじゃん。

あとこの日のMCで山下くんのコンサートでのオーディションの話するからマジで泣きそうになった。やめてくれ。覚えてるよあの日のこと。あの日、オーディションに来るということを選択してくれてありがとう。出会えてよかったよ、あの日に。

 

コンサートは終盤に向かっていきます。そして流れた曲は「bounce to night」でした。

この曲で私は卒業しました。

 

笑っちゃうでしょ。笑っていいよ。私も笑ったもん。なんでこの曲だったんだろうね。

私の知らない永瀬くんがいたんですよ。今までもずっと永瀬くんのことは見てきたつもりでした。最初は自担の後輩として、次は大好きな自担として、そして罪悪感で。そのどのタイミングでも見なかった永瀬くんがいました。きっとこの永瀬くんは「King & Prince」というグループが引っ張り出した永瀬くんなんだろうな〜って思いました。

 

帰り道、連れてってくれた友達に「今日で本当に担降りできた気がする」と言いました。素直に感謝しました。あと、「キンプリでananに選ばれるとしたら多分永瀬くんだから、もし出たら2冊買う」って宣言しました。

 

今は関西の彼にも、「なにきん」にも、なんの未練もありません。たまにもし残ってたらどうなってたのかなってパラレルワールドを想像することはあるけど、きっとそんな世界があったら、私は今の自担に出会えてないし、彼は新しい景色を見れないままでした。

 

たった3年。されど3年。私がちゃんと見てきた時間は2012年から2015年の3年間です。彼のジャニーズ人生の半分にも満たないんだから、そりゃ何も知らないよね。

コンサートに行かないと彼の姿を見れない時代は終わり、テレビのチャンネルをつけたら今じゃどこかしらで見れる時代になりました。デビューってすごい。

 

卒業するまでの期間で、私は沢山のことを学びました。

私はずっと「自担のことはこの事務所にいる間は応援する」と言っています。ジャニーズJrという不安定な立場。いつ今のグループが無くなって、彼が目の前から消えるかはわかりません。もう幾度となく経験してきました。その度に絶望してきました。

だからこそ、「夢を追う」と同時に「現実を見る」。その現実は「事務所にいること」です。

 

一つだけ未練があるとすれば、大好きだった彼の言葉が嘘になってしまったことです。

4年前、ジャニーズWESTがデビューして泣きながらお祝いの言葉を述べた彼は「次涙を流す時はデビューするとき」と言いました。彼は泣かなかった。私たちの見えないところで泣いたのかもしれないけれど、彼は1度も涙を流さなかった。

嘘になっちゃったね。これも後出しの嘘。この嘘がきっと人に夢を見せるんだろうな。ごめんね、現実を見てしまって。

 

最後に彼に一言だけ言わせてください。

 

たくさんの素敵な景色を見せてくれてありがとう。これからは、今のあなたを好きになってくれている人を幸せにしてください。

あなたなら大丈夫。だって私が好きになったんだから。

 

大好きだったよ。2018年8月19日。